深夜プラス1(ギャビン・ライアル 菊池光訳・早川ミステリ文庫)

深夜プラス1 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 18‐1))

深夜プラス1 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 18‐1))

休日、夕方の変な時刻に待ち合わせの時間が確定しない約束をした。
手ぶらで出てきているので、手持ち無沙汰になり、手近にあった新古書店で、文庫本を一冊買う。
新古書店で新刊書を買うのは気が引けるが、名著・旧作の品揃えは、いまどきの漫画と雑誌頼りの町の新刊書店とは比べ物にならない。

整然と並んだ背表紙から、久しぶりに目にするタイトルを抜き取って、レジへと進んだ。

「深夜プラス1」

初読は何年前だったか。
今にして思えば、いささか時代遅れの、感傷的なスパイ小説と読めなくもないが、第2次大戦がまだ人々の心に生々しい傷跡を残していた発表当時であれば、それだけの受け取られ方もしなかったのだろう。
男の一つの矜持の示し方。

レジで会計を済ませると、夕方のコーヒーショップに行き、ソファ席に陣取って、ページをめくる。

物語に入り込むのにそれほどの労力は要さなかったが、隣の席の、友人同士と思しき若い男女(10代後半か)の会話が、時折物語への没入を妨げる。

どちらが男性で、どちらが女性か、内容からでは判別できない会話。
中性的、というか、なんなのだろう。
僕はまだ、幸せな世代に生まれたのかもしれないな、と、主人公のムシュウ・カントンのおそらく深い苦悩が皺として刻まれているであろう横顔に思いをはせつつ、コーヒーショップではなく、気の利いたバーに行かなかった自分を恨んだりして見せた。

テーブルの上に置いた携帯電話が鳴り出す気配はまだないようだ。