その街の…

去年の地震のとき、とても勇気付けられた話がある。

うーん、勇気付けられた、というのもちょっと違うか...。
なんというか、やっぱり面白かった、としかいいようがない部類の話。

演出家の大根仁さんの盟友、というか相方的な存在として知られる岡宗秀吾さんご自身の阪神大震災の体験談が、とにかく面白いのだ。

詳細は→http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/20110116/p1

文章で読むよりも、大根さんの絶妙な合いの手と岡宗さんの語りによって話芸の域まで高められた音声で是非、聞いていただきたい。
(すでにお聴きの方のほうが多いと思いますが)

さて、昨日、映画「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」を見てきた。

9.11で父親(夫)を失った母と子が、悲劇の現場となったNYという街の不断の営みの中でその関係性を回復していく過程を丁寧に描いた良作だった。

主人公の少年の祖母の家の「間借り人」として登場するマックス・フォン・シドーの演技も素晴らしくて、初めて買ったレコードが杉良太郎の「すきま風」(遠山の金さんのEDテーマ)だった、おじいさん子の僕の琴線をかき鳴らしまくりで。

久しぶりに映画館で泣いた。
レディースデーの丸の内ピカデリーは女性客ばかりで、ちょっと恥ずかしかった。
上映後、まっすぐ帰宅するつもりだったが、すぐ近くにある銀座サンボアに直行して少しクールダウンすることにした。

スタンディングのカウンターでハイボールを飲みながら、見終わったばかりの映画のことを考えた。

上で良作、と書いたものの、出てくる人間が皆、揃いも揃って善人ばかり、という点で、いやらしさ、というかあざとさを感じなくもなかったが、やはり事件から10年という歳月を経たからこそ、語られるべき物語だと思った。

なんというか、作中で登場した心優しいニューヨーカー達のような人ばかりではないだろうけど、NYという街とそこで生活する多くの人々が、10年という歳月をかけて、ようやくあの事件の物語が語られることを望みはじめた、その現われのような映画だと、感じたのだ。

事件を忘れない、だとか、テロの惨禍を繰り返すな、といった構えた話じゃなく。
語られること、語ること、その行為が大切なんだ、と。

あの事件で失われた多くの人々、残された人々、それらの人々の平穏な生活、果たせなかった約束、そういったすべてが大切に語られ伝えられることで、その事件で大きな衝撃を受けたものの、幸いにして何も失わなかった人間である我々とが、ようやく本当の意味での「連帯」を手に入れられるのではないか、と。

そこで思い出したのが冒頭で書いた、岡宗さんの「震災すべらない話」だ。

なんとなくその話を聞き終わったときの感じと、この映画を見終わったときの感じは、よく似ている。そんな風に思った。

で、ここから、話は映画から一寸逸れる。

昨年の今頃、日本でも大きな悲劇が起きた。
多くの人命が失われ、多くの生活が奪われ、今もまだ、困難の中、日常を取り戻せない人たちがいる。
一方で、東京に住む僕たちは、一見、元通りの生活を取り戻したかのように見えるが、きっと一人ひとりの胸のうちには、まだ、そのとき受けた衝撃と言うか、漠然とした虚無的な喪失感があるんじゃないか、と僕は思っている。

幸いにして何も失わなかった側にいる僕らは、失われた多くのものについて、誰かが、あるいは失われたものたち自身が、語りだすことをそろそろ望み始めているのだと思う。
虚無的なものの縁に立って、その巨大な穴の底から、何か音が聞こえないか、と聞き耳を立てているというか。
それは実際には何も失わなかったものの、痛手を負ってしまった自分自身に対するセラピーとして。

一方で、なんとなく今年になってから、フィクションの送り手側にいる人々が、おそるおそるあの地震や、津波について、作品の中で”それと分かる形”で配置し始めているように感じている。

それらのすべてが、何も失わなかった人々によるものだと言うつもりはない。
ただ、なんとなく何も失わなかった側からの、自己救済的な色合いを感じてしまうのだ。

少なくとも、フィクションの文脈であの地震津波のことを語るのは、まだもう少し、いや、もっと長い年月が必要なんじゃないか、と思う。
ひょっとしたら、そのときは永遠にこないかもしれない。
だがそれでも、今はまだ、自分たちの胸の奥の喪失感や虚無感に、耳を澄ますべきときなんじゃないだろうか。

その街の人々自身が、あるいは失われたものたち自身が、語るべき言葉や、物語りを取り戻す、そのときまで。

そんな風に思いながら、僕はなじみのスタッフにいつものバカ話の体で、岡宗さんの「震災すべらない話」についての話題を振りつつ、2杯目のハイボールを注文した。

案の定、スタッフ氏はすごい勢いで食いついてきて、メモ帳を取り出し「しんさいすべらなはなし」とメモをしたためだした。

いやー、本当にすべらんわー。

ものすごくうるさくて、ありえないほど近い

ものすごくうるさくて、ありえないほど近いとは編集