季節を知る
酒飲みにもいろいろ流儀がある。
飲む酒、選ぶ肴はもちろんのこと、訪ねる町、行く店、そこでの振る舞いなど様々だ。
たとえば、僕はどちらかと言うと、方々の店をとっかえひっかえ訪ね歩くのが苦手な方で、そのかわりに縁を得て一度伺った店が気に入ればそこに通い詰める性質なのだが、中にはそれを良しとせず、あえて”行きつけ”を作らずに、方々のお店に間隔を置いて訪ね歩き、いつでも新鮮な気分で酒場の「空気」となることを良しとする人もいて、酒飲みが百人いれば、その流儀も百通りとなる。
そんな僕が昨年の秋口に初めてお邪魔して以来、それこそ狂ったように通い詰めているお店が武蔵小山の「牛太郎」である。
秋から始まった付き合いが一年続き、ようやく四季を一巡りしたことになる。
城南を代表する名店を”行きつけ”だ、などとおこがましいことを言うつもりはないけれど、たとえば仕事帰りに決まったお店に立ち寄って一杯引っかけて帰宅するのが日常の一部となり、やがて出される肴で季節の移ろいを知る、なんていうのも酒場通いの楽しみの一つだと思う。
僕にとってのそれが牛太郎の「温奴(おんやっこ)」だ。
半丁ほどの木綿豆腐を、薄く味を付けた出汁で煮た上から、茹でたほうれんそう、刻みネギが乗り、山ほどの鰹節が熱々の出汁から立ち上る湯気で楽しげに踊る。
見た目にも温かな牛太郎の冬の御馳走である。*1
脇から味の沁みた”ちくわぶ”がひょっこり顔をのぞかせているのも、なんとも東京の酒場らしい風情ではないか。
冷暖房のない牛太郎のカウンターに腰かけて、この温奴を突きながら、目黒生まれの冷たい”ハイッピー”をグビりとのど奥に流し込んで、城南の冬の始まりを知るのもなかなか悪くないと思う。
*1:ひとつ注意しておくとうっかり「湯豆腐」と頼むと、ご店主のじょうさんお手製のボリューム満点の湯豆腐(裏メニュー)が小鍋仕立てで供されるのでご注意を。こちらも大変美味しいのだが、連れがいる時か、よほど空腹な時でもないと、平らげるのに少々難儀する。