日曜日の昼食
先週の金曜日の夜。
自由が丘「T」の話題は、喫茶店のナポリタン。
何故かそういう話になった。
「T」の常連の中でも最古参級の重鎮氏が語る「心のナポリタン」は、洋食屋がステーキやハンバーグなどに使うような、木の受け皿に乗った熱々の鉄板の上で、薄焼き卵を作りそのうえにナポリタンを盛り付けたものだという。
そういう提供の仕方は初めて耳にしたのだが、まんざら特殊な供し方でもないようで、同じような供し方を知っている人がちらほら。
実は、ナポリタンはどちらかと言えば苦手な方で(ケチャップ味があまり得意じゃない)、喫茶店のスパゲティと言ったらミートソース派なのだが、この食べ方には心惹かれた。
更に、その上にポークピカタを載せた豪華版も存在すると言う。
これには一同、ノックアウト。
普段、割と寡黙な重鎮氏の重みのある語り口で聞く「心のナポリタン」は、「T」のカウンターに居並ぶかつての少年たちの胸を焦がし、めいめい「明日(土曜日)はナポリタン!」と硬く心に誓わせるのに充分な魅力を放っていた。
さて、そんなわけだから絶対に週末どちらかの昼食はナポリタンを作ろう、と心に決めていた。
ところが、ナポリタンで興奮した所為なのか分からないが、「T」を出た後、自由が丘でぐでんぐでんになるまでハシゴをして、午前様という醜態をさらしてしまい、土曜日の昼は二日酔いのためとてもじゃないがナポリタンなどに食指が伸びず、自宅近くの蕎麦屋で盛り蕎麦をすすることに。
満を持して日曜日。正午近くにすわ、ナポリタンとばかりに立ち上がった僕に連れ合いが一言。
「ぺペロンチーニが食べたい。さっき『男子ごはん』で見たら無性に食べたくなった」
実は一緒に見ていた僕もちょっと食べたかった。
しばし沈黙。
男としての矜持を保ち、初志を貫いてナポリタンを作るべきか、はたまた連れ添ってまもなく10年ぐらい(多分)になる連れ合いの願いを聞き入れぺペロンチーニを作るべきか。
悩んで下した決断は。。。
結局、路線変更してしまった。
スパゲティの量が微妙だったので、輸入食材の店で見つけた、リゾット用の米と調味料、乾燥のポルチーニ茸があらかじめミックスされたフンギ・ポルチーニのリゾットも作った。
ぺペロンチーニもリゾットも中々の出来栄えだったので満足したのだが、昨日(月曜日)仕事を終えていそいそと自由が丘「T」に向かうと、カウンターには金曜日、ナポリタンに心焦がした面々がずらり(まあ、大体いつもいる人たちなんだが)。
席について飲み物を頼んだ僕にそのうちの一人が
「ナポリタン食べた?」
「いやー」と僕が頭をかいて、連れ合いの一言であっさりぺペロンチーニに変更してしまったことを話した瞬間の、老年、中年のいい年をした男たちの表情と来たらひどいものだ。
目元には「かわいそうに」と言わんばかりの憐憫。
口元には節を曲げて、初志を貫徹できなかった者に対する優越感。
まるでまだナポリタンのケチャップの赤い色が口の周りうっすら残っているかのような満足感も漂わせている。
どうやら僕を除く全員、食べたようだ。
こ れ は 、 く や し い 。
返す返すも忌々しきはケンタロウ。。。
レシピなんてたいしたことないし、第一、僕は台所で普段着用の帽子をかぶって料理をするようなヤツの料理なんて食いたくない。
なのに、つい毎週見てしまい、あまつさえ、結構な確立でその週放送のメニューが、当日もしくは近々で、我が家の食卓に登ってしまうのは、いったい何の力が働いているのか。
いやはや、男子ごはん、恐るべし。