I Dance Alone
勤め先の至近の外資系チェーンのコーヒーショップに少し気になる子がいる。
化粧は控えめで、痩せていて、髪は割と長い。
多分それほど若くはない。といっても20代後半ぐらいだろう。
どこがどう、ということはなくて、全体的に好きな雰囲気というだけだ。
基本的にそのコーヒーショップには毎日行く。
朝か昼、一日一回。
シフトの関係か、その人と会うのは週のうち半分ぐらいだ。
その度に、何か話す。
天気のことだとか、忙しいか、忙しくないか、だとか。
その短いやり取りに、救われている自分がいる。
彼女は僕が頼むメニューを覚えてくれていて、「今日はどちらに(決まったうちの2種類をランダムに頼むので、二者択一になる)しますか?」とたずねてくる。
誰かに自分のことを覚えていてもらっている、ということが何よりも救いなのかもしれない。
その日の昼休みも、僕の足はそのコーヒーショップに向かっていた。
いつもと違うのはipodと文庫本を持っていないことだ。
昼休みの半分ほどをそこで本を読んで過ごすのが普段の常なのだが、その日は朝から忙しく、昼休みもデスクに張り付いていなければならなかった。
いつものように A or B の注文を済ませると、彼女が手近な空席を示していう。
「お席、そちら空いてますよ」
「いや、今日はすぐ戻るから」
気恥ずかしくて、なんとなくぶっきらぼうに答えてしまう。
「忙しいんですね」
「ちょっと煮詰まってるんだ」
「そうなんですか」
それだけのやりとり。
注文したものを受け取って、店を出て通りを渡る。
その通りを挟んだ向かいにある、勤め先の入居するビルが見えると、いやでも現実に引き戻される。
冷静になって考えれば、大したやり取りではない。
僕が頼むものを覚えているのも、彼女だけではない。僕の頼むものなんて、多分そこに勤めている人のほとんどが覚えているはずだ。
ふと、道端に積み上げられた雪が目に入る。
日当たりの悪い場所にはまだ街の其処此処に数日前の大雪のときの雪が残っていた。
こういう一時の感情は都会の雪に似ているな、とその灰色がかった雪のなれの果てを見て思った。
正午半の集合オフィスビルのエントランスはひっそりとしている。
警備員があくびをかみ殺している横を過ぎ、エレベーターホールに立つ。
高層階行きのエレベーターを待つ間、今度もし、彼女を夕食に誘ったら、彼女はなんていうだろうか?と考えてみた。
音もなくエレベーターの扉が開くまでの数秒間。
省エネのため照明が落とされた薄暗いオフィスの自分の席に戻ると、同僚達はあらかた昼食を食べに席を離れ、広いオフィスに人影はまばらだった。
大きく一つ息を吐く。
バカなことを考えた自分自身に内心で苦笑しながら口に含んだ冷たいコーヒーは、いつもより苦い味がした。
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