はじめての町で
定時で職場を出て、東京駅から列車に乗った。
普段帰宅に利用する路線だが、向かう先は自宅のある駅とは反対側、今まで訪ねたことのない町だった。
30分程列車に揺られる間にいくつかの川を渡り、降り立った駅はかすかに海の香りがした。
駅舎を出ると晩夏の日はすでに暮れかけていた。
日中の炎暑の名残と海の気配が、都内の主要駅のような小奇麗さと地方都市の猥雑さの同居する薄暮の町に漂っている。
1時間ほどで所用が済み、胃袋と喉が求めるままに、酒場を探した。
無粋とは知りつつ、スマートフォンの検索エンジンに初めて降り立ったその町の名前に続けて「居酒屋」と入力して、最初に表示された店に向かった。
半信半疑でくぐった暖簾。
グラスに注いだ大瓶のビールの最初の一口と共に初訪の緊張感をのど奥に流し込んで「いざ」と、数品注文した酒肴はどれも手ごろな値段だが、気前よく盛り付けられた素晴らしいものばかり。
酒も安く、小ぶりなジョッキで供される酎ハイも氷が少なく波々と注がれて出てくる。
客層も素晴らしい。ほぼ満席の決して広くない店内だが居並ぶどの顔も笑顔。
隣りあった客同士、互いに譲り合いながら、楽しく飲んでいるのが伝わってくるようだ。
良い人、良い酒、良い肴。
三拍子そろった素晴らしい店だった。
町と人に愛され、育まれた名店はそれ自体が町の文化だと思う。
そんな文化の一端に触れると、たちまちにその町が好きになってしまう。
船橋「一平」。
またいつか。